クロガネ・ジェネシス

第23話 ギンの疑惑
第24話 クロウギーン召喚
第25話 (次回更新予定)
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第24話
クロウギーン召喚



 夜のアルテノス。今にも雨が降り出しそうな天気。そんな夜に、黒塗りの宿の最上階。そこからアルテノスの夜景が見て取れる。夜を照らすのは明かりだ。その明かりは人々の営みによって作られる魔光の明かりにほかならない。
 彼らは決して光り輝こうと自己主張している訳ではない。なのに、町中に散らばった光の粒が美しいのはなぜなのだろうか。
 そんなことを考えながら、町並みを見つめる女が1人。
 彼女の名はレジー。その瞳は妖艶な輝きを放ち、あらゆるものを見透かしているかのようにも見える。
「さあ、始めましょうか。今日から……そしてここから始まる! 亜人が人間社会を支配する時代が、この町から始まる!」
 レジーは屋上の中心に移動し、白いチョークを使って何かを書き始める。それは奇妙な絵だった。大きな円を書いて、その中心に意味不明な幾何学模様《きかがくもよう》を描く。
 それは魔法陣だった。
 それを書き終えると、彼女は何かの呪文を唱え始めた。同時に、彼女が描いた魔法陣が紫色の光を放ち始める。言葉は魔力と1つになり、その魔力は光となり、光となった魔力は魔術の動力源となる。
「さあ、今こそ狼煙《のろし》を上げるのよ! 今この瞬間から、亜人の時代が始まるわ!」
 魔法陣はさらなる輝きを放った。その輝きが彼女の表情を照らし出すとき、
『ィィィィィィィイイイン!!』
 魔方陣の中心から黒い何かが現れた。
 爬虫類のような皮膚は黒く、前足は翼と一体化している。体のフォルムはフクロウのように細く、くちばしは槍のように鋭く尖っている。
 それはクロウギーンと呼ばれる飛行龍《スカイ・ドラゴン》の一種だった。
『ギィィィィィイイイイン!!』
 現れたクロウギーンは眼前の女、レジーを睨みつける。黒き飛行龍《スカイ・ドラゴン》がレジーに向ける眼光。そこから放たれる獣の如き殺気。しかし、レジーは涼しい顔でそれを受け流す。
「召喚者であるあたしを襲う気? あんたにあたしを殺せるとでも思ってる?」
 レジーもそれに負けじと睨み返した。レジーの瞳は底が知れず、禍々しい金色の光を放っている。
「あんたにあたしは殺せない……。だけど、あんたが殺すべき人間はそこいらにいくらでもいるわ。殺すんならこの町にいる人間共を、好きなだけ殺すことね!」
『……キィィイシェァァァァ……』
 クロウギーンはレジーの瞳に恐れを抱き、その場からアルテノスの町へと飛んで行った。
「これですか姉さん……クロウギーンの召喚魔方陣は……」
 屋上の扉を開けて、黒スーツに身を包んだ少年、ダリアが姿を現す。
「ええ、そうよ」
 召喚の魔術は発動のために2つの魔方陣を必要とする。召喚元となる場所に設置し、召喚する獣なり魔獣なりを一時的に封印しておく魔方陣と、その封印を解き放ち、召喚する魔方陣だ。
 レジーがチョークで書いた魔方陣は後者の魔方陣で、封印されたクロウギーンを復活させるものだった。
 召喚魔術の目的は基本的に使役だが、クロウギーンはそういう目的で召喚するには不適切な飛行龍《スカイ・ドラゴン》だ。クロウギーンは人を襲うことはないが、懐くことも無い。もちろん、人間から手を出さなければの話ではあるが。
 この魔術には1つ大きな問題がある。法律という壁だ。魔術国家であるルーセリアでは、召還魔術は禁術、即ち使ってはならない魔術とされている。それは、人間の意志で好き勝手に動植物の自由を奪い、都合のいいときだけ使役できるという特性があるからだ。
 これは、全国共通で、どの国に行っても、召還魔術は人間の都合のみを考えて、動植物の自由を奪う行為と見なされる。
 故に、召還魔術を使うためには、各国の魔術師ギルドにて、使用許可証の発行を求められる。もちろん、レジーの様に、手続きを踏むことなく、勝手に召還魔術を使用する魔術師というのも決して少なくはないのだが。
「じゃあ、あたしはしばらくここにいるわ。あんた達は……」
 魔術を唱え終え、レジーはダリアと共にやってきた兄弟達に目線を向ける。
「もういいのか?」
 テンガロンハットの男、ラーグが言う。
「ええ、いいわ! 好きに暴れてきなさい!」
「え? レジー姉さんは暴れないんですか?」
 ダリアはここに留まっているであろうレジーに疑問を呈する。
「あたしは、魔方陣を見てなきゃいけないわ。大体、あたしが力を振るわなくたって、この町を壊滅させるだけならあんた達で十分でしょ? それに、あたしが本気だしたら、あんた達を巻き添えにしてフッ飛ばしちゃうかもしれないしね」
「お〜お〜。おっかねぇおっかねぇ……」
 ラーグはからかうような口ぶりでそう言った。
「そうですか……ちょっと残念です。レジー姉さんの力、見てみたいと思ってたんですが……」
「あいつは俺達よりずっと強い。何せ、単一総統龍《シングル・フューラー・ドラゴン》の亜人だからな……。おかげで、俺の兄としての面子も何もあったものではない」
 皮肉げにそう語るのはこの中でもっとも最年長であるゴードだ。相変わらず無表情で何を考えているのか読み取れない。
「あら? そんなことないわよ、ゴード兄さん。兄さんはちゃんと、兄としてあたしのこと守ってくれていたじゃない?」
「子供の頃の話だ……。今のお前に俺の守りなど必要あるまい……」
「能力の有無なんて関係ないわ。あたしにとっての兄は、ゴード兄さん。あなただけよ」
「……そうか」
「第一!」
 レジーはゴード達3人に振り返る。
「みんなだって総統龍《フューラー・ドラゴン》の亜人なんだから、弱くないのよ? それに、亜人であることそのものに誇りがあれば、力の強さなんて関係ないわよ」
「ま、そういうことだな……所で……」
 ラーグはテンガロンハットを右手の人差し指で少しだけ持ち上げた。
「そろそろ始めないか?」
「OK! じゃあ、みんな、派手に暴れてきて頂戴!」
 レジーがそう言い放った瞬間、ダリアを先頭に全員がそこから飛び降りた。もちろん自殺ではない。彼らはこの高さから飛び降りても生き延びられる。その確信があってのことだ。 「さてっと……!」
 レジーはアルテノスの全景を眺める。
「あたしは、このアルテノスがぶっ壊れていく様を見物してるわ……!」
 愉快そうな表情を浮かべるレジー。背後からは次から次へと新たなクロウギーンが封印を解かれアルテノスへと散っていった。

「……!」
 舞踏会会場。アーネスカと共に適当に料理に舌鼓を打っていた火乃木は耳をそばだてた。
「どうしたの火乃木?」
 火乃木は目を見開いている。ただならぬ様子であることは、明らかだった。彼女にはわかる。無数の足音が近づいてくる。無数の亜人の臭いが近づいてくる。そして何より、彼らからは……
「なんか……血の臭いがする……」
「なんですって?」
「それに、たくさんの足音が……」
 火乃木はその足音が聞こえてくる方へ視線を走らせる。
 その瞬間だった。
 響きわたる大きな破砕音。同時に現れる無数の亜人達。そのリーダー格の男、ギンが声を張り上げる。
「聞け人間共! てめぇらは今から皆殺しだ! てめぇらだけじゃねぇ! この舞踏会に参加してる人間全員を殺した後は、町中にいる人間共全員をブチ殺す!!」
 その宣言を聞いた瞬間、会場内にいた全ての人達が動揺し、動き始める。
 ある者は窓から出ようとし、ある者は立ちすくみ、ある者は逃げ場を求めて混乱し、錯綜《さくそう》する。
 が、その混乱を別の音がかき消した。 「お黙りなさい!」
 そう言い放ったのはグリネイド家次女、アマロリット・グリネイドだった。彼女は天井に向かって回転式拳銃《リボルバー》を構えている。その銃口からは硝煙《しょうえん》が立ち上っている。つまり、彼女は銃声と自身の声を会場内に響かせたのだ。
 静まり返る舞踏会会場。2つの眼光が交錯する。主と認めたはずのアマロリットに反旗を翻したギン。彼女はその亜人であるギンを睨みつける。
「ギン……あんたどういうつもり?」
 怒りの表情を浮かべつつ、右手に持った回転式拳銃《リボルバー》をギンに向ける。
「俺は気づいた……。いや、気づかされた。アマロとアルトネール……。てめぇらのやり方じゃあ、人間と亜人が共存する未来なんて作れねぇってことにな」
「それは、私達のやり方に、もう従えないっていうこと?」
「そうだ! ここにこうしてあつまった亜人《コイツラ》だって、人間のことを快く思っていない。前々から思ってはいたんだ。人間が主導で作る未来が、本当に素晴らしいものになるのかどうかってな……。ここ数日、俺は亜人《コイツラ》と話し合った。結論として、やはり人間主導で未来を作ることに賛成できねぇ。だから……」
「私達人間に反旗を翻し、亜人主導による国づくりを始めようってわけ?」
 アマロリットの言葉に、ギンは口元をつり上げニヤリと笑った。
「馬鹿げてるわ!」
「好きに言え。そんなことよりてめぇら……地獄へ旅立つ準備はできたのか?」
 ギンはアマロリットの背後にいる、全ての人間を見渡しつつ、笑った。
 彼らは恐怖にひきつった表情のまま、動けずにいる。下手に動いたら、殺される。かといって亜人と対等に戦えるだけの力のない彼らにこの状況を打開することはできない。
 ギンとアマロリットの間に流れる緊張感。アマロリットは会話による時間稼ぎに限界を感じていた。
 その時だった。
「バインド・サークル!!」
 何者かが唱えた魔術が発動する。途端、ギンの背後にいた亜人達の周囲に円形の魔法陣が出現する。その円形魔法陣から幾重もの光のリングが出現し、亜人達を取り囲む。
 結果、光のリングに阻まれ、亜人達は身動きがとれなくなる。
「なんだこの光は!?」
「人間の魔術か!?」
「おのれ人間めぇ!!」
 口々に人間を罵《ののし》る声が魔法陣の中から響く。
「アルト姉さん……」
 その魔術を唱えたのは、アルトネール・グリネイドだった。彼女は魔術師の杖を右手に持っている。その魔術師の杖は、魔法陣と同じ金色の光を放っている。それは永続系統の魔術を発動する際に起こる現象だ。
「アルトネールてめぇ……!」
「ギン……」
 アルトネールはギンの瞳を見つめた。その瞳は全てを見透かすかのように澄んでいる。
「人間と亜人の共存……。その目標を掲げて私は長い間戦ってきました。しかし、私達のやり方はあなたにとって我慢ならないやり方だったようですね……」
 その表情は悲しみに満ちていた。ギンはアルトネールの瞳を睨み据える。その表情はアマロリットに向けていたものとはいささか違うように思えた。
「ならば……仕方がありませんね……」
 ギンは唇を噛んだ。そうしてしばらく沈黙した後「チッ!」と軽く舌打ちをした。
 その舌打ちと同時に、沈黙に支配されていた空気は瞬く間に破壊された。沈黙を破壊したのは1人の人間。宙を舞うやや小柄な体格の少年だった。彼は窓ガラスを蹴破って空中で体勢を整え、見方を変えれば芸術品にも見える絨毯《じゅうたん》の上に降り立った。
 着地点はアルトネールとギンの真ん中。彼、鉄零児《くろがねれいじ》はゆっくりと立ち上がりギンを見た。
「正義の見方参上……ってところか」
 どこか皮肉めいた表情を浮かべ零児はそう言った。
「フッ……よぉ、零児」
 不敵なな笑みを浮かべるギン。それに対し、零児もまた不敵な笑みを浮かべる。
「この状況を作ったのはお前だな……?」
 紳士淑女が集う舞踏会の面々の中でもっとも浮いている姿をしている者は、言うまでもなく人間に変身せずに、その姿を隠そうとすらしていない亜人達だ。そして、そのリーダー格であるギンはさらに浮いている。
「だったらどうした?」
「目的はなんだ?」
「決まってる。アルテノスを治めるのは亜人だってことを証明することだ」
「……」
 零児はギンの背後にいる亜人達を見た。
 彼らの目は暴力に酔っている。徒党を組んでいるがために、その瞳も濁っている。人は単体では力も、精神的な強さもない。しかし、群となったときは話が違う。徒党を組んだ人間は集団であるが故に周りに流されやすくなり、自己が軽薄になる。それは亜人も同じだ。彼らは今暴力を振るうことに酔っている。それは集団であるため、暴力を振るうことに迷いがなくなっているのだ。
 それはアルトネールの魔術によって束縛されている今も変わらない。彼らの心を挫《くじ》くために、どうすればいいか。零児はその答えを口にした。
「ギン……」
「あん?」
「決闘しよう」
「何?」
 その瞬間、ざわめきが広がった。
 零児の言葉の意味を理解できないがための困惑だ。
「どういう意味だ?」
「人間より亜人の方が優れているっていうなら、この場でそれを証明しようじゃねぇか。俺が勝てば人間が、ギンが勝てば亜人が優れているってことにしてさ……それに」
 零児は再びギンの背後で拘束されている亜人に目を向ける。零児は彼らを指さした。それに反応し、亜人のうちの何人かが吠える。
「お前をリーダーと認めているそいつ等を納得させるには一番ちょうどいいかと思ってな。そいつ等にだって、亜人としての誇り《プライド》があるのなら、お前の敗北のあとに女々しく人間を襲おうなんて考えないと思うしな」
 今度は亜人達の間でざわめきが起こった。光のリングの内側に閉じこめられた彼らは、零児の言葉の意味を租借する。
 単純に考えるなら零児は彼らに誇り《プライド》が存在するということを認識しているということになる。零児は将であるギンの敗北を、亜人達全員の敗北と捕らえ、大人しく退くであろうと考えている。そしてそう思わせることが零児の狙いでもあった。
 ギンの敗北後も人間を襲うことを考える。それは恥も外聞もなく、足掻き続けることを誇り《プライド》がないと言っているに等しい。
 が、それは亜人のコンプレックスを刺激すると同時に、亜人を誇り高き戦士であると言っていることと同じでもある。そして、そのことを、零児は衆人環視の前で言い切ったのだ。
 何より今彼らは動けない。この状況下でなら、彼らの誇り《プライド》はギンに預けるしかない。
「いいぜ……」
 ギンはニヤリと笑って承諾した。
「ギンさん!」
 亜人のうちの1人が言う。
「てめぇらの誇り。俺が預かる。俺の敗北はコイツラの敗北だ。俺が負けたら、コイツラを大人しく引っ込めようじゃねぇか……だが」
「わかってるさ。俺が勝った場合、そいつ等全員豚箱行きだ。暴れた奴は多分殺すかもな……」
 そう言う零児の目は据わっていた。それは本気の証だ。
 その瞳に宿るのは怒りか悲しみかはわからない。
「レイ……ちゃん?」
 その光景を黙って見つめる火乃木は、今目の前にいる零児にどこか違和感を抱いていた。
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